中村千秋という名のアフリカゾウからの伝言 ~その前に思い出して、伝えたいことがあるんです~

先日、自分なりに、ゆるりとゆるりと、アフリカゾウからの地球への伝言を聞きました。

それは、2016年6月に発行された『 中村千秋著 アフリカゾウからの地球への伝言 』を読ませていただいたということ。

 

f:id:sakuraitatsunori:20180116080155j:plain


中村千秋 2016.6.29「アフリカゾウからの地球への伝言
冨山房インターナショナル

 

僕と千秋さんとの出会い

僕と千秋さんとの出会いは、たしか、大学2年生(当時22歳)の時だった。
今から14年前。。。

僕の印象だが、初対面の中村千秋さんは、服装はラフだし、言っていることも
「ジャンボ!」とか
「ポレポレ~」とか言っているが、目つきも鋭く、まるで脱力した時の宮本武蔵の絵をイメージさせる雰囲気だった。

だから、なんか、怖かった。
後ろめたいことでいっぱいの僕にとって、千秋さんは本能的に怖かった。

そんな千秋さんと出会ってから、なぜかもう14年になっている。
いつの間にか、一年に一回は家族で会っている。

不思議だ。


今だに、僕はびくびくしているが、それも当然なのだろう、だって、千秋さんはアフリカゾウなんだもん。

そのくらいがちょうどいい。
その感覚でいられる自分を逆に褒めてあげたいくらい。

千秋さんの本を読んで、僕自身がこの獣医業界に入ってきた経緯も思い出させてもらいました。

なんででしょうね、本って、いつも思うのです。

「自分だったら…」とか、「昔の自分は…だったな~」とか、本の文章や内容とは別に、思考の、感覚の、感情の、時の、空間が存在していて、そこでいろいろなことが自分の中で展開していく。

それは、時間軸など存在していなくて、思った通りにすべてが「今」になる感覚。

僕は手持ちの語彙数が少ないから、うまく書けないけど、描くようにします。

 

獣医師の道に入るまで

僕が獣医師の道に入ったのは大学から。
流れで、入っただけ。
獣医というこだわりはなかった。
その「流れ」というのは、、、

1990年代「世界が変わった」

僕は、東京出身で、東京都の板橋区出身で。

一般的な「東京」というイメージの「東京」ではおそらくなく、「田舎」という表現と「東京」との表現の間の子のような土地に生まれたんです。

子供のころの遊びは、、、

・竹藪の中での秘密基地制作、ごみを集め収集し豪華に。
・野原でのハコベ摘み、それをウサギ小屋にもっていく
・おばあちゃんの家でガマガエルを捕まえて自分の家に連れてくる
・ガマガエルにカナブンを食べさせてみる
・カマキリの産卵を観る、メスがオスを食べる手伝いをする
・土を掘る
・野菜畑から野菜を盗り火をおこしゆでる
・たぬきの巣をさぐる、たぬきにキャットフードをあげに行く
・小川の水源をさぐる
・木に登り眠る
・自分の家の玄関から入らないという決まりをつくる
・家のゆずを遠くになげる、投げた後の「ボス。。。」っと土に落ちる音を楽しむ
・アリの巣にお湯をかける
・いろいろな昆虫を飼う、一番印象に残っているのはカマキリ
(だからカマキリに似てるって言われるのかな~)
・毎日、特定の木に小便をかけてその木を枯らす目標を立てる
・犬のうんこを観察する
・他人のうちのベランダに野良猫の小屋を設置する
・石をずっと蹴る、いつの間にか、それはペットボトルの時代に。
冬は氷や、雪に。

f:id:sakuraitatsunori:20180116083143j:plain



…そんな子供時代だった。

ファミコンやスーパーファミコンを知ったのは、小学校6年生のころ。
それはそれは楽しくて楽しくてはまりましたね~
6年間くらいはテレビゲームをやっていたんだな。
それ以降は飽きちゃったけど。

そんなこんなで、東京、1980~1990年代、都市開発の中でそんな環境は変化していったんです。
それは、目で見て感じたのではないんです。

まずは音が変わった。

夜、あれだけ聞こえていた虫の声、特にエンマコオロギの声がなくなった。
朝、うるさいほどに起こしてくれていたウグイスの鳴き声がなくなり、オーケストラではなく、デュオくらいに変化した。

それに鳥肌がたった。
それに恐怖を感じた。
それに深い悲しさを感じた。

それが1990年、僕が小学2年~3年生だったころ。
僕をプライベートでいろいろ話したことがある人は、この小学2~3年の話はよく聞くと思う。
その年代が僕の感覚の中では一番大きい変化のとき。

僕の周りの昆虫たちや小動物たちも含め、音も匂いも感覚も変えてしまった人間を嫌った。
人間社会を嫌った。
それを知らないでいる人間を特に嫌った。

それは「親」が一番最初の的になった。
親も殺して自分も死のうとすら思っていた時期もある。

獣医学部を目指したきっかけ

でも、自然のためを考えたら、実行する人が死んではいかん、、、
大量に殺戮をって、そのあとに死のうって、そのために細菌兵器の存在も考えた。

f:id:sakuraitatsunori:20180116083223j:plain

そうやって、悶々としながら、そんな話を、多くの人と出来るわけもなく、高校の受験を迎え、自然環境保全、人間社会撲滅を考え、有名国立大学理学部生物学科を受験、、、失敗(ある意味、大成功)

自然環境保全の夢をあきらめることなく、当時、高校バレー部で唯一の自分の夢を伝えていたバレー部の副キャプテンのT君に相談。

私 「地球を救いたい!だから、どんな大学に行ったらいいのか調べてくれないか?」

…1週間後…

T君「こんな言葉書いてありますよ…『地球のお医者さん』って」

私 「よし、大は小を兼ねるだな、ここ行こう」

その大学が、酪農学園大学獣医学部、獣医学科だった。

ただそれだけ。

一般的に「獣医」というと、犬猫のお医者さんというイメージが強いように思うのです。
でも、実際、僕は、この段階まで、「獣医」という存在もほとんど知らなかったし、なりたいなんて1㎜も思ったことがなかった。


保育園、小学校までずっと、生き物係でずっと生き物のそばにいたけど、獣医とかかわる機会もなければ、必要性も感じなかった。

だから、今でも、獣医の必要性は大して感じていないし、
「いなくなればいい」とまで思っている感はありますね~。

言いすぎかな、まあいいですよね、ほんとだし。

獣医を信じてはいけない

だから、僕は診察でもいう
「獣医を信じてはいけない」

これは案外、深い意味があって、わかってくれる人はわかってくれるし、わからない人はわかってくれないので、まぁ、なんでもいいんですけど、一応、ここは誤解もされたくなので、簡単に説明をすると、

「獣医」である人間から出てくる言葉や情報を判断するのならいいけど、

「獣医」というただの張りぼてのような、ただのスピーカーにしかすぎない「獣医」という「もの」を信じてはいけないということなんですよね。

「医者」とか「獣医」とかがまるで、上っ面の宗教みたいになっている気がするんですよ。
真の意味の宗教は、それはそれは素晴らしく、すべてはそこに行きつくのかなって思うけど、
「真の意味の宗教」
なんて、体現している人をあまり見たことがないし、あまり今の日本には感じないし。

昔からジジババが無意識に発信してきた八百万の神の感覚は心地が良かったし、僕は、あくまでも僕は、しっくりきます。

今はそんな感じで診察に来られた方には話すこともあります。

めんどくさいやつでしょ?

あははは、奥さんによく言われるんです。

「本当にめんどくさい」って。

それを言われると、なんかうれしくて。


なんか、落ち着くんです。なんでなんでしょう。
Mなのかな?
ただ、奥さんと会話できたことがうれしいんでしょうね。

寂しがり屋だから。奥さんのこと好きだからね。
あははは~。

そんなこんなで、獣医学部を受験する流れになって勉強して入ろうとしたときに、
「獣医」って何するの?

何ができるの?

この獣医って。考えてみたんです。適当にね。

「地球のお医者さん」とか言ってるけど、ほんとかよって。

具体的な方法が見えなかった。

でも、ただ、自分が見えていないだけで、この学部に入ればいろいろ見えてくるのかもっても思った。

「絶望」と「希望」

だから、当時は、獣医学部に期待もしていたし、その反動で、絶望もした。

調べていく中で、自然環境保護の具体的なやり方を見るようになり、いろいろな選択肢があり、生物兵器の制作なんて、面白くないし、自分には合わないことがわかったんですよね。

そのきっかけを作ってくれたのは、
羽山伸一先生の「野生動物問題」と
小原秀雄先生の「都市動物たちの逆襲」という本だった。

僕のその当時の理解力じゃ、正直、小原先生の本は難解だったのを覚えている。

ただ、衝撃だった。
「こんなに自然環境問題って深いの!?」って。

その一方で羽山先生の表現は小学生でも読めるようなもので僕には、そっちの内容が強く残っている。
まあ、本との出会いは不思議で、タイミングなんでしょうね。

 

f:id:sakuraitatsunori:20180116083424j:plain

羽山伸一 2001.7.1 「野生動物問題」地人書館

f:id:sakuraitatsunori:20180116083408j:plain

小原秀雄 2001.9 「自然からの警告 都市動物たちの逆襲」東京書籍

 

千秋さんの本でもたびたび出演される小原秀雄先生。
千秋さんの人生のキーパーソンである小原秀雄先生と、僕は出逢い、
その数年後、僕は千秋さんと出逢うことになる。なんとも不思議なもの。
この不思議さが人生の醍醐味なんでしょうね。
なぜかずっと続いている千秋さんと、僕の仲の意味がここにも一つあったことにとてもうれしさを感じるのです。

ね、千秋さん。読んでるかな?

千秋さん、この文章。

羽山伸一先生の「野生動物問題」に描かれている「コウノトリの郷公園」でも取り組みに共感し、実習させてもらいこの考えに希望を持った。

人生で初めての「希望」だった気がする。

ずっとどこかで「絶望」だったから。

こんなことが「獣医」という立場で出来るんだって思って、獣医学部に入った。
しかし、そんなこと、授業では1分も話されなかった。
だから、授業には出なかった。
興味がなかったから。
大学2年~3年に大学辞めたくてしょうがなかった。

でも獣医学部以外で活動すれば、それができることがわかって、それに没頭した。
授業なんて出ている時間がなかった。
とにかく、やりたいことがいっぱいで、時間があれば、タイミングをみて授業を抜けた。
いろいろな方に出逢った、泣かされ、分かち合い、悩みあった。
燃え尽き症候群なぞになることもあった。

とにかく、人とたくさん出逢った。
千秋さんもそうやっていつの間にか出逢った。

いろいろな裏切りもした、感謝したつもりで傷つけ、謝り、それでもそばにいてくれる人に感謝した。
今でも同じように。
同じ過ちを繰り返し、反発し、反省し、謝り、感謝する、そんな繰り返しをずっと続けている。

やみつきになるんでしょうね、同じ過ちって、、、

「また、同じことでつまづいてる!!」っていう感覚。
そのたびに、自分が客観的に見れているようで、自分に一番素直になれるようで、一番好きな瞬間がこの時なのかな?
めんどくさい人ですね、相変わらず。

三度目の正直

そんなこんなで、いろいろな方に肩を支えられながら、酔っぱらいの千鳥足のように、
大学を卒業し、国家資格をどうにか合格し(国家試験を一度落ちていますが(笑)その時も、さんざん、助けてもらい。。。)社会人になりました。

牛や馬など、大動物の現場を体験し、やはり、その治療というものに納得できず、獣医という職業をやめ、居酒屋のバイトや、専門学校の講師のバイト、農家さんのバイトや、介護会社の営業、立ち上げなどに打ち込んだ末、全く違う業種なのにも関わらず、
同じような考えがそこには存在していたんです。

それは、今の人間の社会構造だったんです。

なんだかんだいろいろバタバタしながら、ヒョンなタイミングで、すすきののスナックのママから、

「あんた、もう一回、獣医に戻りなさいよ」

と言われ、再度、小動物病院に獣医師として働くことになり、案の定、悶々とした日々を迎えることになった。

それは、今までと同じ感情だった。
そして、子供が生まれ、その感情に抑えがきかなくなった。
三度目の正直だった。

「もう自分でやるしかない」と。

この続きはプロフィールに書いた流れです。

いつの間にか、気持ちがヒートアップし、
千秋さんの本『 アフリカゾウからの地球への伝言 』の紹介がどんどん後回しに。

そろそろ本当に始めます。

ですが、それは、少し時間をいただいて(ごめんね、千秋さん)。

 

最後に

ただ一言、この本は、僕にこれだけのことを思い出させたということです。

それは、みなさんが読んでも、同じことが起きるかもしれないということです。

f:id:sakuraitatsunori:20180116083353j:plain

 

★Sunny's Animal Clinicの診察へのお問い合わせはこちら

病気の電話での相談や、メールのみでの相談はお受けしておりませんのでご了承ください。 治療や、診察内容に関してはお電話でご説明させていただきます。

  

★Sunny's Animal Clinic旭川本院

★Sunny's Animal Clinic札幌院

0166-73-8931

 

★Sunny's Animal Clinic横浜院

Facebookメッセンジャーにて
タバタバ オール ザ トリミングス
立野へ予約お願いします。